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2015年07月12日

【演技のブログ相談室】VOL.1 ‐役作り‐

演技で
「どうやっていいかわからない
「どこが問題なのかわからない
ということはありませんか?

演出は勝手なことを、しかも意味不明な言葉で言いますしね?

演出違うんだよね〜
俳優「どこがどう違いますか(と、尋ねる人も少ないでしょうけれど)
演出「…まあ、考えてみて?」(チャン、チャン! おい〜俳優任せかい〜

あのね?
演出担当で「あそこがああだからダメなんです。なぜかと言うと…」というように、問題点と理由をちゃんと説明できる人はそれほど多くいません!!
ほとんどがパワハラレベルで終わっている演出(指導者)が多いのが現実でしょう。
なぜなら「演技をちゃんと勉強した演出担当」などほとんどいないからです(笑)
そうなると、俳優のほうが賢くならないとどうしようもありません。

そこで、何かの参考になればと思って、アドバイスを考えてみました。
そして、課題ごとに解説をしてみようというわけです。
ただ、これらの課題は単独で見られることもありますが、実は多くがリンクしているものだと思います。
どれかひとつをやれば解決するものだとは言えないかも知れないので、その点、注意してください。

さて、標題の【演技のブログ相談室】の第1回は「役作り」についてです。
タイトルは演出からの「ダメ出し」だとご理解ください。
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「役作りが甘い」

 皆さんは今までの人生を経て、自分なりの物の考え方、感じ方、そして大切にしていること(価値観)を作って来られました。だから日頃から「自分なりの意見や思い」が言葉や行動となって出力されているはずです。
 つまりとりもなおさず人間は「自分という役」を演じているのです。
「役の人物」も同様です。
まずはそこの部分を明確に把握なさったらいかがでしょうか。
どんな考え方なのか、
なにをどう感じるのか、
大切にしているものは何か、
これらは基本的には台本から読みとりますが、台本に全てが書かれているわけではないので、足りないところは想像をふくらませないといけません。
それも、できるだけ「根拠のある想像」が必要です。
 どんな人生を送ってきたのか、どんな体験があったのか、現在どんな問題に直面しているのかをできるだけ具体的に想像します。
 演技は「役の人間のこころを語る」ことが重要です。

【対策例】
@台本からその人間の考え方、感じ方、価値観を読みとる。
書かれていない部分は根拠ある想像で補う。
A史実や事実を調べる。
B「役の履歴書」を作成してみる。

※「役の履歴書」というのは台本を読んで、自分の演じる役の「これまでの人生」を振り返る作業です。役が歴史上の人物であればそれなりの史実もあるでしょうから、それも書き込みます。
フィクションの登場人物ならば「履歴書」もフィクションでいいので書きます。このときももちろん「根拠のある想像」で書いてくださいね。
できれば市販の履歴書を用います(笑)

これから様々に「演技でのお困りごと」をアップしてまいりますので、お楽しみに〜!


posted by DNA計画 at 01:14| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

別役実作品を読む

大昔、本格的に演劇を始めたころ、大阪の新劇界では「別役実作品」の上演オンパレードでした。
私は演劇を「している」にもかかわらず「観る」のは苦手で、実は今もそうです(笑)
だって…おもしろくないのが多いので…。
演劇も芸術のひとつで、芸術と言うのは原則として「おもしろくないとアカン」という考えでしたし、これは今も変わっていません。
「金を払って難しい顔をして観なきゃいけない演劇なんぞはあってはならない」

さて、そんなわけで私は別役実作品も観たことがありませんでした。
ところがそんなある日、知り合いが出演すると言うので義理で観に行くことにしたのです。
初めて「別役実作品」を観劇します。

ところが……案の定……とてもじゃないけれど5分ともちませんでした(笑)
今も「おもしろくない!」と思ったら芝居の途中で帰りますが、この時は何しろ「初めての別役作品」だったし、まだ義理に縛られていた時期だったので最後まで観ましたが、体調を悪くしました。

とにかく「判で押したようにセリフの終わりに妙な間」があるのです!
結果的に「無言の間」が芝居の随所に入ります。
無言というのはそこに「言葉にならない思い」が表現されるものです。単発的なものなら「ああ、きっとこの人物はこんな思いでいるのだろうな…でも、言いたいことが言葉にならないのだろうな…」と忖度できますが、のべつ幕なしにあると、こちらはしょっちゅう人物の思いを忖度しなくてはならず相当に疲れてしまいますし、物語の内容の理解まで手が、いや頭が回らなくなります。

その後も別な別役作品を観る機会がありましたが、例によって「無言の間」ばかりで、そのうちたとえ義理があっても「別役作品」と聞くだけで断るようになりました。

そんなある日、ある劇団から私に「別役作品」への出演依頼が来たのです。とうとう来るべき時が来てしまいました(笑)
もちろん「別役作品」だからと言ってずっと避け続けることは私も俳優のはしくれとしてプライドが許しません。思い切って出演することにし、台本を受け取りました。
こわごわ本を開くと………
ははは、これまでの謎が解けました(笑)

別役氏の作品を読むと、ほとんどのセリフの末尾に「…」が書いてあるのです。たとえばこんな風に…

男1「こんばんは…」
男2「こんばんは…」
男1「寒くないですか…」
男2「(ちょっと考えて)なにしろ冬ですからね…」

ほらほらほら〜
夜で、冬で…これだけでも「暗〜い」印象が生まれますでしょう?
そこにもってきて末尾は「…」ですからね?

新劇では「台本至上」の人が多いようで、セリフのあとの「…」は「無言の間」と解釈して、必ずと言っていいほどそこでは間を取ります。この結果、別役作品は「妙な間」がやけに多い、テンポの重い芝居になってしまうのです。
もちろん台本しか演技を作る土台がないので、台本を大切に扱うことはいいのですが、「決まり切った読み方、解釈」をするのはいけません。
私は初めて読んだ別役作品の文体を見て、「言葉(セリフ)はさまざまな思いの一部を音声化したもので、すべてが音声化されるのではない。その結果の文章表現としてセリフの末尾に〈…〉がついているのだ」と解釈しました。
ですから「…」を物理的な「間」だと考えずに、「音声化されていない言語」だと解釈すればいいのだと思います。
さっきの男1、2のやりとりを映像化しやすいように書いてみます。

男1「(半袖Tシャツと半ズボン、サンダル履きで、震えながら登場し)こっ、こっ、こっ、こんばんわ〜わ〜わ〜〜〜〜」
男2「(分厚いコート来て、余裕たっぷりな笑顔で)こんばんは〜」
男1「(ガタガタ震えながら)さ、さ、寒、く、な、な、ないですか?」
男2「(「そんな格好なら寒いのは当たり前じゃないか」と思うが、気を使って)なにしろ冬ですからね…」

ね?
バカバカしいでしょう?

残念ながら私の初めての別役実作品の出演では演出の要望で「…」でたっぷり間を取ることになってしまい、それはそれは「重〜い、思〜い」作品になりました。
そういうこともあって、その後、私は別役氏の作品を4作品ほど自主公演して演出もしました。(いずれも上演許可は取りましたヨ)
お陰さまで、どの作品も観客には大笑いしていただきました(笑)
中でも中学生くらいの集団が大爆笑してくれたことはとても嬉しかったものです。

ただ、年配の別役作品のファンからは「別役作品の持ち味を失くしている!」とお叱りを受けました(笑)

ラベル:別役 無言 解釈
posted by DNA計画 at 16:40| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

俳優(声優)・ナレーター初心者コツ講座「自分のセリフにマークをつける」

どこかでそんなことを習うのでしょうか?
時折、台本の自分のセリフに「印」をつける人がいます。これはプロ、アマ問わずにです。
また少し演技をかじった初心者に多いように思います。だから台本を見て、セリフに印を付けているようなら「あ、初心者だな」とわかります(笑)
二人芝居なら交互に印をつけることになりますが、そもそも、二人芝居なら「相手のセリフの次は自分だ」と、たいてい決まっているので印を付ける必要がありません(笑)

さて、よく「セリフはキャッチボールだ」と言われますが、これも「な〜んとなく」意味合いを感じる表現で、実は恥ずかしながら私もそのように指導したことがありますが、やっぱり曖昧です。
そこで私は最近の風潮に鑑み、セリフは「送受信」あるいは「入出力」と表現しています。

つまり誰かからのメールを受信(自分の頭に入力)して、その内容を把握して(考えたり判断したりという処理)、返信する(自分の考えを出力)という通常のコミュニケーションと同じだと考えるのです。
逆に自分から何かの意志を発信(出力)して、相手からの返信(入力)を待つと言うこともあります。
自分から意思表示の行動がある場合(送信)と相手からの意志を受け取る場合(受信)があるということですね。

ですから、セリフの場合ですと、「自分がセリフを言う」ときには何かしらの「強い心理行動」がまずは必要です。逆に「相手のセリフを聴く」というのはそこにある相手の意志をしっかり汲み取ることが重要です。

さて、標題に話を戻しますが、「自分のセリフに印をつける」ということの問題です。
おそらくこれは「段取り」(間違いなく自分の出番でセリフを言う)を優先させた行動なのでしょう。
演技の練習時間が十分にとれず、表現よりも段取りを優先させるテレビドラマ、ラジオドラマ、吹き替えなどのいわゆる「仕事の現場」などではありそうなことです。
しかし、「自分のセリフに印をつけ」るということは、意識が「出力(送信)」にしか向かっていないかもしれません。

私たちは自分から自分へ働きかけ(自問自答)をしたり、相手からの働きかけによって心を動かします。
つまり何かしらの自分への働きかけがあって初めて「心を動かす」ということになるのです。
このことを端的に言い表したのが「演技で重要なのは相手のセリフを聴くことだ」という言葉です。

セリフに印をつけるという行為は「聴く」(受信)ことよりも「言う」(送信)ことに重点が置かれている状態です。
その結果、そういう俳優の演技は相手のセリフとかみ合っていない表現になりがちです。つまり、「相手のセリフを聴いていない」ので、相手がセリフを間違っても「台本通りにセリフ」を言ったり、相手の演技を受け取らず、自分で考えて来た「言い方」しかできないということになるわけです。いわゆる「自己完結型演技」ですね。

どうせなら、自分の心が動くような、自分が心揺さぶられるような「ほかの登場人物のセリフ」にマークを付けたほうが効果的だと思います。
お試しあれ!


posted by DNA計画 at 15:14| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月30日

俳優(声優)・ナレーター初心者コツ講座「セリフ」

俳優(声優)・ナレーター初心者コツ講座では「タイムキャラクター」関連の記事をたくさん閲覧してくださっているようです。
ご訪問くださった皆様、ありがとうございます。
もちろんこれからも宜しくお願いいたします。

さて、今回は「セリフ」のコツです。

この「コツ講座」、振り返っていままでの記事を読んでみると、我ながら「コツでもなんでもないじゃないか」とツッコミたくなるのが多いですね(笑)
今回はできるだけ「コツ」の視点を明確にして書きますね。

セリフを言う時(俳優、声優)、多くの初心者は「セリフの言い方」をお考えになると思います。
確かに最終的にはその俳優独自の「セリフ表現」という結果になって現れるのですが、それはあくまで結果であって、最初に「言い方」を考えるものではありません。(古典演劇ではそうでもない場合があります)

またセリフを言うには「まず発声」と思っていらっしゃるかたもいるかも知れません。ですが、普通の演技の場合ならそんなに特殊な発声訓練はそれほど必要でもありません。

さて、そこで「セリフのコツ」です。

セリフは口で言うもの…だいたいそうです、間違っていません。
しかし、その認識でやると「言い方」を考えてしまうのです。あるいは「やっぱり発声だ」と思ってしまうのです。

コツは………

セリフは目でしゃべる

です(笑)

「おいおい、ざけんじゃねぇ! 目でどうやってしゃべれってんだい!」
とお思いのかたもいらっしゃるでしょうね。
いやいや、そんなこと言ったら「おなかから声を出す」というイメージはどうなりやす??

目は心の窓、目は口ほどに物を言い、と言うじゃ〜あ〜りませんか。
つまりその発話者(セリフを言う人)の「思い」「考え」というのは「目に現れる」のですよ。
だから私も演技指導をするときは特に演技者の目を見ます。
すると目が平泳ぎをしていたり、焦点がおかしなところに向いていたり、まばたきが多かったりしていることがあります。それで「その演技者は役に集中していない」と判断するのです。

言い方や発声訓練なんか放っておいて、「セリフは目でしゃべる」ようにしてみてください。
posted by DNA計画 at 22:07| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

続・大河ドラマの演技

大河ドラマに限らず、日本の演技、特に「映像の演技」はどうして今のように「派手」になってしまったのでしょうか?

民放ではずいぶん昔から「アニメ実写版」のような、あるいは「バラエティ演技」と言えるような無理な興奮や大げさな表情や動きをする演技がありましたが、そういう民放の影響をNHKのドラマ制作班も受けたのかも知れません。NHKではいわゆる「朝の連ドラ」も「大河ドラマ」も今やそこで展開される演技は「アニメの実写版」みたいです。
ひょっとすると演出担当(私は演出「家」とは呼びません)の多くが、かつて隆盛を極めた「小劇場」世代であり、おそらく「アニメ」をたくさん見て育った世代だからかも知れません。

最近、かつての新劇で言われていた「リアリズム演技」を映像作品で見ることはあまりありません。
そのように言うと私のことを「リアリズム演技」の信奉者、至上主義者のように思われるかも知れませんがそうではありません。私は「新劇のリアリズム」ですら「新劇リアリズムという様式」だと思ってはいます。
同時に私は歌舞伎や文楽など古典演劇を始め、アニメなども含めた「様式化された演技」を否定するものではありません。
しかし「一般的な会社員が登場するドラマ」で登場人物が「歌舞伎調」でしゃべっていたら違和感がありますよね?
逆に大星由良介が「月に代わってぇ〜〜、オシオキよっ!」と高師直を斬ったら、興ざめです。

様式的な演技(古典演劇、ミュージカル、アニメなど)であっても、日常的演技(新劇、映像など)であっても、要は「観客、視聴者が、登場人物の心をリアルに受け取め、共感できるかどうか」が決め手なのではないでしょうか?

そういう観点で言えば、最近のドラマに登場する日本人は表情豊か、感情豊か、表現豊かに過ぎるように思うのです。

昔、11PMという深夜情報バラエティがあって、そこで司会の大橋巨泉氏が「アメリカ人の友人から『日本人は表情に乏しい』と言われる。確かに欧米ではジェスチャーも大きく、感情表現豊かで…」と発言していました。これは50年ほど前の発言です。
つまり少なくとも50年ほど前まで日本人は「日常生活において、あまり表情豊かに表現していなかった」ということを裏付けていないでしょうか?
余談ですが私の子供時代はすでに経済高度成長期ではありましたが、父親が「いただきます」というまで子供はもちろん、母も食事に手をつけられないというのが一般的でした。そして食事中、テレビをつけることも、会話をすることも禁じられていました。(え?……うちだけ?)
NHKの朝の連続ドラマでは、登場人物が食事中に箸で相手を指しながら話すというシーンがありましたが、そういうことは「絶対にしてはいけないこと」であり、仮にそんな人間がいたら、それは「躾を受けていない」人間でした(笑)

私は別に「史実に基づいて演技する」ことこそが大切だと言っているのではありません。
人間だれしも「今」を生きているのですから、聖武天皇役が奈良時代の日本語の発音でセリフを言う必要もないし、長谷川平蔵役が江戸時代の多くの日本人のように歩く必要もないと思います。

しかし、「どこまで許容するか」「どこまで史実に基づくか」「どこまで現代人に『過去』を受け入れてもらえるか」ということは表現上、考えるべきではないかと思います。
これは別に「過去」を題材にとった作品(時代劇とか、近代劇)でなくても同じです。
どれほどその時代の「人間」を納得してもらえるかということです。
以上は作り手である制作担当や演出担当、脚本作家、さらには出演者やほかの多くのスタッフの考えるべきことでしょう。
ウケ狙い、安直な視聴率稼ぎ、一部の人間の番組(作品)私物化などという低レベルな価値観でモノを創っていると「アニメの実写版」になります(笑)

posted by DNA計画 at 17:44| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

NHK大河ドラマの演技

ダイヤモンド社のビジネス情報サイト『新聞・週刊誌三面記事を読み解く』という文章に出会いました。
http://diamond.jp/articles/-/50826?page=1
著者の降旗(ふりはた)氏はノンフィクションライターだそうです。

「小保方さんどうしてるのかなぁ〜」という素朴な疑問からネット検索してこの記事に出会いました。
上記リンクで本文を読んでくださったらわかることなのですが、まず著者は「NHK大河ドラマの演技がヒドイ」というお話しから、最終的には過日の佐村河内氏や、ひょっとすると今回の小保方晴子氏の「ほうが、NHK大河ドラマに出ている俳優(女優)より演技がうまい」というオチをつけておられます。

佐村河内氏、小保方氏について私は論評する資格を持たないのですが、「NHK(だけじゃないけど)のドラマの演技」については一家言あります(笑)
記事に沿って私見を述べます。

彼女らの演技を見るにつけ、苛立ちを抑えきれないのは私だけなのだろうか。
 いいえ、私もです。

大河出演の女優さんたちに共通しているのは、武家の嫁のくせに、身体がぐにゃぐにゃと動くことだ。それが実に気持ち悪く、演技に気高さというものがない。私はそれが気になって仕方がないのである。
 「演技に気高さというものがない」…はい、私もそう思います。

この時代の武家は、常に背筋をぴしっと伸ばし、端正に佇んでいたと思うのだが、台詞をひとつ言うごとに彼女たちは顔を上下させ、身体をぐにゃぐにゃとくねらせる。いちばん身体が揺れるのは○○ちゃんだが、皆さまのNHKの演出家はそういう演技指導をしているのだろうか?
 演出家が演技指導をするのではないと思いますが、俳優のほうが演出の「望む演技の形」を忖度してやっている可能性が高いと思います。またテレビドラマの多くでそういう演技を展開しているので、俳優もその「傾向と対策」で演技しているのだろうと思います。「アニメの実写版」です。
ただ、「誰も戦国時代を見た人なんていねぇんだからいいじゃ〜ん」という開き直りが制作者側にはあるでしょうね。そう開き直られたら反論はむずかしい(笑)

さらに気になるのは、武家の嫁が歯を見せて笑う場面だ。
○○ちゃんなんて大口を開けて、きれいな歯がしっかりと見える。××さんも町娘や農民のように笑う。そんな笑い方を武家のおなごは“はしたない”としつけられているはずなのだが、私が間違っているのかな。

 「はしたない」という「恥の美学」は日本文化の基本だったと思いますが、ウォークマンができたころ、今から40年ほど前にその美学は廃絶されたかも知れません。
 おそらく平安時代の宮中の女性などは扇で顔を隠していたと思われるので、きっと「大口を開けて笑う習慣」は戦国時代の武家にもなかったのではないかと思います。
 しかし、ドラマに出てくる戦国時代の人が大口を開けて笑わないと現代人の目には「ヘンだ」と映るかも知れません。NHKとしては「史実は『歴史秘話ヒストリア』で! ドラマは娯楽だからわかりやすさ優先なの!」という制作姿勢ではないでしょうか?
これもおおざっぱに言えば「アニメの実写版」です。
ついでに言うと「大口開けて笑ってなかったって言いきれんの? あん?」と言われると反証はむずかしい。


 
△△さんはあえて秀吉との滑稽なやり取りを演じて……、やめた。これ以上は言わないことにする。おばさんが無理して女子高生を演じているみたいだなんて言ったらきっと誰かにブン殴られる。おねは落ち着きのない女だった、という設定なら名演技かもしれませんが。
 これも「演出の望む演技」および「演出の望む脚本」を踏まえた結果だと思います。まあ、NHKだけではありませんが、今の日本のテレビドラマの多くは何度も言いますが「アニメの実写版」ですね。

 どーして武士とその嫁は熱い抱擁を交わすのか、である。悲しいことがあれば夫婦で抱擁、出陣する夫に妻が抱擁、無事に帰還すればまた抱擁……、まるでトレンディドラマみたいではないか。戦国武将ってのは、事あるごとに女房を抱きしめていたんですか?昭和一桁の男だって軽々しく抱擁なんかしなかったのに、乱世の男たちは違うようです。
 これも「恥の美学」からするとおかしな行動ですね。
 実は私、NHKを始め、日本のテレビドラマはアラ探し以外では見ていないのでわからないのですが、その「抱擁」演技は衆人環視の中で行われるのでしょうか? だとするとそれは怪しからん演技・演出です(笑)
 ですが、やはり「昭和一桁世代は、そりゃ抱擁なんかしないよ〜。でも戦国時代、乱世ではやってたかも知んねぇじゃん?」と言われてしまえばそれまでです(笑)
演出というのは演劇では観客の代わり、テレビでは視聴者の代わり、というのが私の考えですが、おそらくNHKを始め、今のテレビドラマの演出は「アニメ世代」なのでしょう。
無理な興奮、無駄な言葉、斑のある動きが好きなのかも知れません。「それが演技だ」と思い込んでいるのかも知れませんね。また仕事をもらう俳優もそういう「傾向」に「対策」を立てるので、どのドラマもアニメの実写版になっていきます。

ノリと勢いと雰囲気だけでやる演技は、演技そのものを衰退させると思いますし、それは俳優にとって自らの存在意義をおとしめることになるのではないかと愚考します。
 

posted by DNA計画 at 23:27| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月12日

俳優(声優)・ナレーター初心者コツ講座「タイムキャラクター」1

これからときどき「俳優(声優)・ナレーター」の初心者のための講座をアップしてまいります。

第1回は「タイムキャラクター」その1です。

「なんやそれ?」とお思いのかたもいらっしゃるでしょうが、ご覧になったかたも多いと思います。
こんなのです。

タイムキャラクター.jpg

見た目は「画像」ですが、上のは映像だと思ってくださいね。
そして00:00:00:29という部分(まあ、時計ですね)をTCR(タイムキャラクター)と言います。
映像編集上の時間の目安となるもので、実際の完成作品にはこれは表示させません。
ところで、専門学校でナレーションやアテレコを教えている先生ですら、これを「カウンター」という人がいます
映像が流れている間、この「カウンター」がクルクルクルクル回ります。

画像に説明を入れましたので理解できると思いますが、問題なのは右端の数字で、これを「フレーム」と言い、便宜上29にしてあります。

私たちは時間を計るのに時分秒を使いますが、映像の場合はそのつぎの桁(?)に「フレーム」というのを使います。おおざっぱに言って29フレームで1秒です。ほかは60進法ですが、このフレームだけ特殊ですね。
画像では「映像はすでに1秒近く進んでいる」という状態です。

ナレーションをすると
「10フレ(フレーム)ほどこぼれてます」(つまり0.3秒くらい長い)
とか
「15フレくらい余裕があります」(0.5秒くらいまだ余裕がある)
という風に言われます。
しかし、右端の「フレーム」は目にも止まらぬ速さ(なにせ1秒を29コマにわけているのですからね)で回りますので、0.3秒とか0.5秒というのは「感覚」で掴まないといけません。
初心者にはむずかしい技術ですね。
その時間的感覚をナレーションに反映させるには相当実績を積まないとできないでしょうねぇ〜。

さて、このタイムキャラクターですが、スタジオエンジニアは略して「キャラクター」とか「キャラ」と言ったりします。初心者は「アニメのキャラ(クター)」(笑)と混同しないように注意しましょう。
「キャラを見てスタートさせてね〜」と言われて「え? 青空しか見えてないけど…俺、青空役? それともイチョウ役?」と思わないようにご注意を。

次回は俳優(声優)やナレーターの立場で、この「タイムキャラクター」をどう利用するのかという話をしましょう。
お楽しみにっ!

posted by DNA計画 at 17:43| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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