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2016年03月09日

演技(演劇)が嫌いにならないように…

ここのところ仄聞ではありますが、苛酷であったり、つまらなかったり、およそ「勉強」とはかけ離れているのではないかという演劇(稽古)の話に接します。

まずはひどい脚本の「演劇」です。多くはオリジナル脚本だと思われます。
❶セリフが説明ばかり
❷登場人物の関係や人物のバックボーンが見えない
❸ウケもしなさそうな余計な言葉が多い

次にひどい「演出」の作品です。
❹出演者同士の「演技」に関する話題を禁じ、同時に自主練習も禁じる。しかも週1でしか稽古しない
❺そもそも舞台経験のないもの、舞台のことを知らない者が演出をしている
❻舞台経験同様、やはり演技をちゃんと勉強したことのない者が演技指導をしている
❼俳優に「できる」ことだけを要求し、「どうすればできるようになるか」のアドバイスがない。当然、他の出演者にもそのノウハウはないし、しかも出演者同士のその話題は禁じられている(笑)

出演者にも問題があります。
❽出演者同士が(低レベルの)ライバル心むき出しで、互いに嫌味を言いあう
❾セリフを台本通り、間違えずに言っているかだけをひたすらチェックし合う(笑)

ほかにもあると思いますが、それぞれの項目について私見を述べます。

まず脚本(台本)の問題ですが、❶と❸は「セリフでわからせようとしすぎ」の例です。ラジオドラマなどを書いている人に多いようです。逆に❷は「演劇らしい台本」という理解でしか台本が書けていないと思われます。
脚本というのは「舞台(演劇)」「映像」「ボイスドラマ」さらには「朗読原稿」に至るまで、それぞれ文体が違います。
たとえば「映像」であればクローズアップさせることもできますが「演劇」でそれはできません。映像ではちょっとした目の動きでも心理表現が可能ですが、演劇(舞台)ではそれは困難です。演劇では「無言の間」があっても心理表現につながりますし、舞台上の人物の「行動」でもそれは可能です。しかし、ボイスドラマではあまりに無言が続くと何をやっているのかわからないし、場合によっては「事故」だと判断されてしまいます。
すなわちそれぞれの表現形態の特徴を熟知した上で書かれた台本(脚本)を使うべきであり、そのような台本(脚本)にしていかないといけません。

次に演出の問題です。これが最大の問題です。
❹〜❼まで具体的に問題点を箇条書きにしましたが、共通するのは演出担当が権威・権力主義に陥っているせいです。昔、私のいた劇団でもそうでした。その「演出の権威・権力」を補完しているのが、その権威・権力主義に縛られている俳優自身だというのが致命的です(笑)
演出は最終的に断を下すという意味で表現の最終責任者ですが、はっきり言って「権威・権力主義」の演出は絶対に自分で責任を取りません。むしろ多くは俳優やほかのスタッフに責任転嫁しますよ。
「演出」という文字を見ればわかりますが、「その俳優のいい技を引きす手助けをする」のが役目です。その目的のためにはありとあらゆる方策を講じられる人間でないといけないと思います。
すなわち「俳優同士で意見交換させる」というのもその目的を達成するための手段なのです。
え?
そんなことをしたら役者同士が混乱する?
はははは、混乱させたらよろしい〜。それを整理してやるのも演出の仕事です。自分の言うことだけを聞かせるのが演出の仕事ではありません。第一、演技に関しては俳優のほうが演出より専門家です(笑)

出演者の問題については「演技というものを勘違いしている」というのが本質でしょう。
これまでに「セリフを完璧に覚えるのが演技では最重要」というような誤解をしてきたんでしょうねぇ〜。また「演出」とやらも稽古では演技を見ずに台本を見ていることが多いようですし(笑)
あっはっはっは!
台本じゃなくて、演技を見ろよ〜セリフを聴けよ〜!
俳優自身もクソみたいなプライドは捨てるべきですな。私のこれまでの経験で言うと、ほかの俳優に「嫌味」をいうような奴はたいてい演技がヘタ!


しかし、つまらん台本や、しょうもない演出や、いやらしい共演者に囲まれていると「演技」そのものが嫌いになってしまうでしょうねぇ…。
演技は楽しくできないといけません。(楽をするのとはチガウ)
演劇は面白くないといけません。(笑わせるのが目的ではない)
稽古に行くのが楽しみにならないといけません。(義務ではなくね?)

現状を見ると、日本ではあまりにひどい演出が幅を利かせ過ぎているように思います。
演出能力より、この業界に長くいたから、あるいは何かで名が通っているという理由だけの「演出」を重宝し過ぎているように思います。そんな低レベルでの人員配置が、日本の幅広い意味での「演技表現」を妨げているように思うのです。

ちゃんとした稽古環境、レッスン環境が作れないようなら
ヤメテシマエ!






posted by DNA計画 at 00:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

【演技のブログ相談室】VOL.9 ‐感情表現‐ その3

プリンターインクはおおむねCMYKの4色ですが、最近はグレーとか特殊なクロとかも必要な機種もあります。人間の「感情」とやらも基本的な「喜怒哀楽」だけではないのかも知れません。

演技訓練の現場で演出からよく言われる「もっと感情を出して(表現して)」とか、俳優自身が言う「感情をどうやって表現していいかわからない」ということに対して、私は身も蓋もなく「感情は単なる結果」と言いきってしまっています(笑)
まあ、なにもかもひとくくりにして「感情」と言ってしまうほうがわかりやすい、いや、「わかりやすいような気になれる」のかも知れませんな

このブログの下記の記事も参考にしてみてください。
【演技のブログ相談室】VOL.4 ‐サブテキスト‐

この記事にもあるように外面的な行動の根本には内面的な行動があります。

私たちは外面的行動にばかり目を向けがちですが、その裏にある、はっきりとは目に見えない「内面的行動」に注意を注がないといけません。これは事実と真実の関係だとも言えるでしょう。ただし、事実と真実のどちらが大事かということではありませんので念のため…。でも、世の中の多くは「事実」にのみ目を向ける傾向があるように思うので、真実にもちゃんと目を向ける必要があると思うのです。
真実に迫る方法は至って簡単で、
「なぜと問うこと」
です。

すなわち「理由を問う」という行動は物事の本質に迫る疑問なのです。

皆さん、子供のころを思い出してみましょう。
大人や親に「なぜ?」「なんで?」といつも訊いていませんでしたか?
子供はいつも本質を知りたいのです。
しかし、いわゆる「大人」はやがてその本質を問う質問にこう答えます。
「なぜでも!」
「いいからやるの!」
そう言われた時から子供は大人への道を歩むことになります

大人同士の会話でもこれはあります。
理由を問われて明確に返答できない者は「考えが足りない」か「何かを隠している」ケースが多い(笑)
前者は「アホ」と言い、後者は「ズル」と呼びます(笑)
私はおよそ「教育」に携わる人間は、相手からの「なぜ」に真摯に答えられないといけないと思います。それがたとえ「大人の事情」であってもです。そんな「大人の事情」は賢い子供なら理解できます。
私が接してきた専門学校生は皆「賢い子供」でした。逆にアホ、あるいはズルだったのは○○や○○のほうです

おっと、話が逸れてしまいました

さて、「見てわかる、聞いてわかる行動」(=外面動詞)のみを至上とするのではなく、そこに至る「見ても聞いても解らない内面動詞」(悩む、困る、考える、苦しむ、逸る、楽しむ、喜ぶ、怒る、悲しむ、考えるなどなど)をセリフや動きから読みとることで、結果としての「感情」は表に現れて来る(=表現)のではないかと思います。
例えて言うなら、醤油そのものを何も加えずになめてみたらどう感じるでしょうか?
もちろん醤油そのものがおいしいということもあるでしょう。しかし、その醤油を刺身につけてみたらどうでしょうか? あるいは餅に塗って焼いて見たら? たとえば酢や砂糖を少し加えてみたらどうなるでしょうか?
それぞれに味が異なるのではありませんか?
演技も同じなのです。
単なる「喜怒哀楽」だけでは「表現に膨らみがない」のです。つまり「味にふくらみがない」ということになります。
最終的な「おいしさ」を表現するためには、途中でさまざまな内面的動詞(ほかの調味料)を正に「加味」することで表現はふくらみを生じます。

演技について悩んでいる人にはもちろん
演技とやらを教えている人に、これまでの3つの記事を送ります




posted by DNA計画 at 20:05| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

【演技のブログ相談室】VOL.8 ‐感情表現‐ その2

プリンターインクの話ですが、多くのプリンターは基本的にC(シアンブルー)M(マゼンタ)Y(イエロー)K(クロ)の組み合わせですね。このCMYKの組み合わせというのは印刷会社でも同じです。
それぞれの(インク原液というのですかね)インクはあまりキレイじゃありません。でも、それぞれの配合比率を変化させることで多くの、膨大な色の変化を作り出しています。

閑話休題

前回は「」といういわゆる「原色と言えるべき感情」でも、それぞれの表現は双方向性を持っているという話をしました。なんとなくCMYKみたいだとお思いになりませんか?(笑)
「それなら演技表現というのは喜怒哀楽の双方向性を検討するだけでいいのではないか」という考えになりそうですが、実はそうではありません(笑)
それについては前回の冒頭で、「人間は感情に基づいて生きているのではない」ということを申しあげています。皆さんもご自分の日々の生活をふりかえればおわかりでしょう?
私たちは感情に基づいて生きているのではないということは自明ですね。

❶日々の生活の中で大なり小なりの何かの問題(課題)があって…
❷それを解決しなければならなくなって…
❸どうすればいいかと考えて…
❹できればこうしたいなという欲求もあったりして…
❺でもああなっては困るなという想像もあって…
❻実際にひとまずやってみて…
❼結果としてうまく行ったり行かなかったりして…
こら〜〜〜!!!
とか
やったぜーーーーー!!

というような展開をするのではないでしょうか?
「感情」は最後です(笑)
すなわち「感情」というのはあくまで結果にすぎないのです。

ついでに言うと、先ほどの❷から❼までの非常に簡略化した「行動」の中の例えば❺のところで「たぶんダメだろうな」という予想があれば❼の結果(感情)にも変化があると想像できるでしょう?
❷〜❻は「行動のプロセス」で、❼は結果です。

すなわち❶の問題提起(起承転結の起)に対してその人間がどのように思い、考え、そして行動したか(❷〜❻)ということによって結果としての「感情」❼はさまざまな「色合い」を見せるということです。
ほらね?
CMYKの話とつながるでしょう?(笑)

演出担当は「自分が予定した結果」を求めるかも知れませんが、その結果につなぐためには俳優の内面的「プロセス(過程)」が大事なのです。プロセスなく結果だけを出す演技はダメですし、そんな演技は、俳優自身やっていても面白くない。
演技は人間の行動を表現したもので、その行動が面白くない作品はダメなのです。
俳優自身が楽しめない作品は哀しいですな〜(笑)

次回は「感情表現」その3として、❷〜❻のプロセスについてもう少し解説してみます。


posted by DNA計画 at 11:34| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

【演技のブログ相談室】VOL.7 ‐感情表現‐ その1

私が指導に赴く演技訓練の場(学校、養成所など)でもよく「感情表現」という語を受講生から聞きます。
どうも「演技とは感情を表現することだ」思い込んでいるのかも知れません。

寓話的な作品で「動物」が主人公(?)である場合もありますが、それでも演技はやはり「人間の姿(行動)」を表現したものだと言えるでしょう。では「人間が生きている」とはどういうことかと考えざるを得ません。その時に「人間は感情で生きている」ということになるでしょうか?

おそらく動物の基本的な感覚は「快」もしくは「不快」です。シンプルですね!
それが人間になると「快」はおそらく「喜」「楽」に分化し、「不快」は「怒」や「哀」に分かれるかも知れません。こうして「喜怒哀楽」すなわち「感情」というのは極めて動物的本能に近いものだと言えるでしょう。ところが人間と言う動物は複雑で、喜怒哀楽を「表現」する際に、それぞれがクロスオーバーされるものだと思います。(下図参照)

喜怒哀楽のクロスオーバー.jpg

「喜」を身体表現するならさしずめ「笑顔」でしょうか?
「怒」なら…なんでしょう…眉間に皺を寄せるとか、瞼を眉間に寄せていわゆる「目を三角にする」ということかも知れません。「声を荒げる」ということもあるかも知れませんね。
「哀」の典型的な生理表現としては落涙でしょう。
「楽」はむずかしいですが、ひとまずは「楽しんでいる」という状態なのでしょう(笑)

ところが人間と言う動物はそんな単純ではなく、複雑な表現を展開するものです。
例えば、「うれし涙」というものがあります。
これは「喜」を「哀」で表現しているのだと言えませんか?
映画を見たり小説を読んで「楽しくて泣く」ということや「感動して泣く」ということもあります。これは「楽」を「哀」で表現しているのではありませんか?
「大爆笑」とは「楽」を「喜」で表しているように思います。やがてその大爆笑で涙を流す(哀)かも知れません。
あまりに驚くようなプレゼントをもらって(喜)、「なんてことするんだ!」と「怒」で表現したあと泣いたり(哀)するかも知れません。

ほかにもさまざまな心理状況があって、人間は複雑な「喜怒哀楽」の表現をします。
「感情表現」と言っても人間が複雑である以上、あまり単純に理解しないほうがいいのではないでしょうか?

次回は、さらに「複雑な感情表現」とその根拠について説明します。
posted by DNA計画 at 18:57| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

俳優(声優)・ナレーター初心者コツ講座「ストップウォッチ」

いつかどこかのブログで書いた記憶があるのですが、その記事が見つからないので念のためにまた書きます。

今回はストップウォッチの話です。
「必需品」というほどではないのですが、あると便利なものです。
どんな時に使うかと言えば、ナレーション尺(長さのことを「尺」(しゃく)と言う)を計る時に使います。
たとえば15秒のTVCM原稿があったとするとナレーターは全体を13秒台、すなわち14秒以内に収めるのが通常です。そこで読むべき原稿を自分なりのスピードで読んでみて、その速さがどれくらいなのかを計るわけです。
それで14秒を越えてしまうなら「巻き(「巻き」というのは読むスピードを速くすること)だな」と判断して再度時間を計りながら読みます。このようにして指定秒数に収まる読みのスピードを体得するわけですね。
余談ながらその逆もあります。
13秒台どころか10秒で読めてしまうような原稿は時に注意を要します。
スポンサーが「それならこのコメントも入れてくれ、あれも入れてくれ」と注文を出す可能性があるのです(笑)

このように「自分のナレーションのスピードをコントロールする目安」としてストップウォッチは利用できます。ですが、再度申しあげますが「必需品」と言えるかどうかは疑問です。
また購入する際は「作動音」をなくせるタイプのものがいいでしょう。スタジオ収録時に使うことも考えられるからです。

@アナログのストップウォッチ(価格は¥5,000前後?)
アナログSW01.jpg
時間を「量」として認識するのにはアナログのストップウォッチが便利です。
これは腕時計などでも同様でしょう? パッと見れば「あとどれくらいか」という量が感覚的にわかります。
この画像のストップウォッチは0.2秒刻みですが、ナレーターにはそれくらいで十分でしょう。
アナログSW02.jpg
ただ、どうも故障しやすいように思います。個体差かも知れません。

Aデジタルのストップウォッチ(価格は¥8,000前後?)
デジタルSW01.jpg
これは100分の1秒まで表示されますので、比較的厳密な尺が出ます。
また閑なときはゾロ目を出す遊びもできます(笑)
デジタルSW02.jpg
これもナレーターに向いていると思います。

B時間計算機能付きストップウォッチ(価格は¥15,000前後?)
時間計算機能付きSW01.jpg
ラジオ番組などを製作する人には便利です。60進法で計算できる機能がついているからです。
またカウントダウン機能もあるので、例えばそのコーナーを15分で終えなければならないとき、15’とセットしてスタートするとカウントダウン表示してくれるのです。「あと5秒、4秒…」という目安が出ます。
時間計算機能付きSW02.jpg
ただ、この機種はナレーターにとっては無用の長物かも知れません。なぜなら1分の1秒でしか表示されないのです(笑)
専門学校などでは「教材」としてこれをナレーターや声優に購入させるところもあるようですが、全くの無駄遣いと言えるでしょう。
教材は「値段の高い物」ではなく、「ちゃんと使える物」にしないといけません。もし進学しようと思っている学校の教材にこの機種が指定されていたら要注意です(笑)
もちろん番組製作をするようなコースや学科なら必要な機材だと言えますが、それでも個人に買わせる必要はないでしょうね。

スマホや携帯のストップウォッチ機能を使うという方法でも日常のナレーション練習時には有効でしょう。
ただ、それはスタジオには持って入れない。なぜなら機能を使うために電源を入れておかないといけませんので、収録時に「着信」したらNGだからです。マナーモードでもダメですよ。マイクにノイズが乗りますのでね?

以上、何かの参考になれば幸いです。


posted by DNA計画 at 18:06| Comment(0) | ナレーター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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