DNA計画では登録タレント(俳優・声優・ナレーター)を随時募集中!
希望によって発声やナレーションのレッスンも受講できます。まずはメールでお問い合わせください。左下にある「メッセージを送る」からご連絡ください。 必ずご返事いたします。

DNA計画代表の真藤久峰子です!
幅広い年代を対象に、幅広い表現分野を指導します!
演技や、朗読、アテレコなどに興味のあるかたはぜひ「
まふじ演技スタジオ」に遊びにお越しください!!

まふじ演技スタジオ連絡先.jpg ←連絡先

2015年08月27日

プロナレーターデビュー! PART2

DNA計画の育成・養成機関のひとつである「梯雲演戯ワークスタジオ」にお越しくださっている塾生のかたが、このたびTVCMのナレーターオーディションに合格なさり、プロナレーターデビューを果たして下さいましたぁ〜!
おめでとうございます!!

CMの内容は著作権の問題もあってあまりつまびらかにできないのですが、イベント告知のTVCMです。

このかたは主宰の岩鶴が専門学校で1年だけ演技の指導をした方ですが、卒業後「梯雲演戯ワークスタジオ」に入塾して、1年ほど演技の勉強をしてくださっています。
今回の仕事をしていただくに当たっては音声チャットで岩鶴もナレーションの指導をしたようですが、ご本人の頑張りもあってTVCMのナレーターに採用されました。

「プロとしての仕事ができた」というのはやはり「練習(勉強)の結果」ですね。

今回、ひとまずプロデビューなさったこのかたも、今後ますます勉強してくだされば幸いです。
がんばって、もっと大きなプロダクションへ!(笑)
そして、そこで活躍の場がどんどん広がってくれたらうれしいです!

私どもDNA計画は「勉強したい」と思う方を応援いたします

※育成機関のひとつである「まふじ演技スタジオ」もヨロシク



posted by DNA計画 at 20:25| Comment(0) | ナレーター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

ある舞台を見ての感想2015

またもや、ある義理に駆られてある舞台を観てきました。

わざわざ言うことでもありませんが、やっぱり「つまらない舞台」でした(笑)

私が観劇に行くときに心がけていることは「虚心で見る」ということです。すなわち「先入観や固定観念を持たずに見る」ということです。これは私の「演出」の姿勢でもあります。

さて、舞台が始まって5分ほどで、この舞台の演出は「演劇」の専門家ではなく、映像(テレビや映画)の関係者だなと思いました。何しろ各場面が短く、それぞれの場面に脈絡が見受けられません。
そして、どのシーンにもBGMが必ずと言っていいほど入っています。これは(アホな)日本のテレビドラマの手法です。
カット割でつないで、それぞれのシーンの「雰囲気(フインキではなく、「ふんいき」)を作り出すことをメインにした演出です。しかも照明の当たっていないところでも俳優に演技させています。基本的に「舞台演劇」では照明の当たっていないところは「演技の場」ではないのです。逆の例を挙げれば「黒衣」が無になっていない状態です。
舞台装置にはおカネが掛っているだろうなと推測はされましたが、それとても残念なことながらあまり効果的ではなかったと思います。
演技はそれぞれの出演者が勝手な演技を展開していて、統一感や表現のベースが感じられません。
またセリフも日本のドラマよろしく「説明」ばかりです(笑)
まったく「つまらん芝居」です。何もかも「演出」が悪い!!

以上は具体的な問題点ですが、単純に「面白くなければ演劇ではない」という考えの私ですから、見ていて「面白くなかった」のは私にとっての事実でしょう。
そりゃあ、この舞台の関係者(演出やプロダクション)や、出演者の縁故・知人にとっては面白かったのかも知れませんが、あの舞台は「楽屋落ち」とも言うべき「自己満足」に過ぎないでしょう。
そういう演出や多くの出演者の皆さんにとっては「満足」できた舞台だったかも知れませんね?
ですが、そんな「自己満足舞台」(私どもはこれを「マスターベーション」と蔑称しています)ならお金を取ってはいけません(笑)
演出や出演者の自己満足舞台なら入場料は無料にすべきです。もちろん出演者にノルマを課してはいけません。(あ、出演者全員を「自己満足者」と認定しているならノルマもありかも…)

DNA計画のタレントである岩鶴は数年間、「クリスマス朗読パフォーマンス」という公演を開催していましたが、入場料は設定せず、「カンパ」で公演を開催しておりました。それでもお客様にご満足いただけるよう腐心していたと思います。「来てくださったお客様にヘタな演技は見せられない」からと、出演者には厳しく、かつ具体的なダメも出していました。また、少しでもクオリティの高いものをご来場者様に提供するために、自腹で値段の高い機材も次々に購入していました。
「すべてはお客様の満足のために」
を実践していたと思います。その「お客様の満足」こそが表現者の生きがいなのです。
それでも岩鶴は「あれで良かったのか」「こんな演出や表現でいいのか」「機材は十分か」と後悔し続けていました。

今日、拝見した舞台は、いったい「誰の満足」をめざしていたのでしょうか?
演出は「演劇」(表現)というものがわかっていない。
俳優は「演技」というものがわかっていない。
制作は「公演」というものがわかっていない。

そんな「舞台」公演がなぜか幅を利かせている日本の現実です(笑)


posted by DNA計画 at 04:57| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月11日

某タレント養成所でナレーションのレッスン PART5

先日、某タレント(声優)養成所に出稽古に行ってまいりました。
この日、担当したクラスはすでに2回ほど指導しており、1回目はニュース原稿、2回目はラジオCM原稿を教材にしました。3回目のこの日は、「朗読劇」です。ナレーター、若い娘、老爺の3人で構成されています。

朗読劇とは言え、「演技」にほかならないのですが、どうも演技の「本質」的なことが理解されていないようです(笑)
「それらしく演じること」や「声色を変化させること」や「セリフの順番を間違えないようにすること」などに意識が向いているように感じました。
演技に対する固定観念があるのかも知れません。

ここからは愚痴になるのですが、そもそも「演技の先生」の中にも「演技の本質とは何か」を理解していないまま教えている人が圧倒的に多いのでしょう。また、そういう先生が「権力者である演出」をやったりするのでいつまで経っても「いい演技」ができないままになることも多々あります。
かたや出演している人も「演技の本質」がわかっていないまま演技をするので、「演技の本質」に近づくことはおろか、ますますそこから遠ざかってしまうことも容易に想像できます。

さらに「演劇」「演技」をやっている(つもり)の人の中には人としての問題が少なからずある人がいます。
余談ながら(余談でない記事はこのブログにはありませんが)、かつて某劇団にいたころ、某テレビ局のドラマに出演する機会がありました。
その局の楽屋で、当時私が所属していた劇団のOという俳優と、他の劇団のNという俳優が顔を合わせました。そこで彼らはこんな会話を交わしていました。

「おう、Nちゃん、最近売れているそうじゃないの。芝居ヘタなのにぃ(笑)」
「Oさんほどヘタじゃないんで〜(笑)」
「(顔が少しこわばるが)よっぽど事務所がいいんだよね。ヘタでも売ってくれるんだもんな」
「まあ、Oさんほど顔は悪くないからオレ(笑)」
「顔なんてどうだっていいじゃん。オレは声がいいけど、Nちゃんは顔も声もひどいし〜」
「あ〜Oさん声がいいからなぁ〜。ガマガエルみたいだよね?」
(二人、ひきつりながら笑い合う)

こんな非難の応酬を楽しんでいる二人です(笑)
バカか(笑)
聞くに堪えない、思いつく限りの悪口雑言(あっこうぞうごん)の応酬です。
ちなみにこのような人間はこの業界に多いかも知れません。ただ、そういう口の聞き方をする人間に限って、なぜか演技はヘタです(笑)

まっとうな批判や批評はしてもいいのではないかと思いますが、「相手を貶めて楽しむ」というのは悪趣味に他なりませんし、場合によっては相手に対する侮辱、あるいは人格否定や名誉棄損にもなります。
このような業界(芸能界)に進もうかと思っていらっしゃるかたにご忠告申し上げますが、「子供のころのイジメが自分に降りかかる」ことを覚悟しておかないといけませんよ。
私も子役時代から、大人になってからの劇団員時代に至るまで、相当な人格否定に合いました。
でも、相手からのそんな理不尽な攻撃に負けていられないのです。だからと言って報復は考えません。
「ひたすら演技がうまくなる」ことだけを目指しました。それこそが私にとってのささやかな「報復」なのです(笑)

さて、話を戻しますが、「演技の本質」からは遠いところにいる「演技を勉強している人たち」は、もっと物事を考えないといけません。相手が「演出だから」と言って、あるいは「同じ劇団員だから」と言って、はたまた「共演者だから」と言って、唯々諾々(ただただハイハイ)と従ってはいけません。
それは結局のところ、自分で自分を否定することになります。

演技は
「人間とは何か」を考えることであり、
自分なりの価値観を見つけ、
人間にとっての「幸せとは何か」を考える手段の一つであるべきです。

しかも、その勉強は楽しくないといけません(笑)

posted by DNA計画 at 02:05| Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月27日

【演技のブログ相談室】VOL.6 ‐テンポ‐

先日、ある演劇を見に行きました。
まあ、案の定なのですが、俳優が何を言っているのか、さらには「何をやっているのか」わかりません(笑)
これは発音や声量の問題ではなく、意味と速さの問題です。

まずセリフが表現する「意味」が明確ではない。ある種、これは俳優の読解力および表現力に問題があるのかも知れませんが、それを指摘し、改善させるのは演出の役目です。
次にセリフの口調の速さの問題です。
私たちは日常会話においても相手があまりに早口だと意味が理解できません。特に私などは頭が良くないので、ゆっくりと、しかも意味をちゃんと伝えてくれないとさっぱり理解できません。
ましてや演劇やドラマは「初めてその話を聴く(見る)」人がほとんどなのですから、ちゃんと相手(観客)が「この話を理解できるかどうか」を考えながら進めないといけないでしょう。その「観客」の代わりをするのが「演出」です。
ところが厄介なことに演出を含めてその作品に関わる人間は、すでに何度も台本を読んでいて内容がわかっているので「これで相手(観客)もわかるだろう」と思い込みがちなのです。
その結果「テンポ〜テンポ〜」と要求し、俳優は早口になってしまうのです。
こうして演劇の観客はいつも作品に置き去りにされてしまい、最終的に「演劇はつまらない」という恐ろしい事態を招きます。

作品におけるすべての表現責任者は「演出担当」です。

---------------------------------------------------------
「テンポの意味を取り違えている」
 
演出はよく「テンポを上げて」というようなオーダーをします。それを聞くと「早口」になる人がいます。
それは単に「巻き」ということであり、本来の「テンポ」ではありません。ましてや朗読やラジオドラマなどでは、原則として音声でしか情景を描写できないので、あまり早口にならないほうがいいでしょう。特に冒頭からしばらくはあまりに早口だと内容が理解されず、観客を置き去りにしかねません。
演技における「テンポ」というのは、「早口」ではなく行動を起こすきっかけの早さ、つまり「速さ」ではなく「早さ(早期)」なのです。
例えば、相手のセリフを聴き終わってから心を動かすのではなく、「聴いている最中に心を動かす」と、自分のセリフや行為が早期に展開され始めるということになり、それこそが「テンポを上げる」ということなのです。
「相手のセリフの意味をよりしっかり聴け」ば、テンポを上げることが可能です。

posted by DNA計画 at 11:15| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月24日

【演技のブログ相談室】VOL.5 ‐表情‐

多くの演技の初心者が言われることのひとつに「表情の変化が乏しい」というのがあります。
その結果、指導の初心者も「表情筋の訓練」をさせたりします(笑)
また別な例として「フェイスリフトアップ」などと銘打って女性を集めて「表情筋」を鍛える講座もあるようです(笑)

確かにかつての「映画に登場する欧米人」は表情による表現力が豊かだったかも知れません。そして、その影響なのか、はたまた演出がアニメの見過ぎなのか、最近の日本のドラマでは、登場人物はキモチ悪いくらい「表情豊か」です(爆)
これを私は「アニメの実写化」と呼んでいます。

誠に傲慢ですが、いずれも「本質」を外しているのではないでしょうか。
中身のない「派手さだけを求めた表現」は空虚で、うるさいだけだと思います。
もちろん、「無表情にやること」が正しいとも思いません。「無表情」や「ボソボソしゃべる」というスタイルでモテている俳優もいますね。しかも「名優」だそうですよ。

まずは「中身」すなわち「こころ」の有無が大事です。
その「こころ」の動いた結果として「表情」の変化は自然に現れるのです。
----------------------------------------------------
「顔で演技をする」
 
 これは「やりかた」に陥っている例です。すなわち、「こんな表情をすればこう見えるだろう」という「表情の作り方」で演技を成立させようとすることです。確かに「表情はその人間の心理の55%を表す」という研究結果もあるくらいです。しかし、内面的行動(サブテキスト)を「表情で説明」してはいけません。

 また逆に「表情筋」を動かすことで「こころ」を動かそうとするのも問題です。
これは、身体のある部分を動かすことによって心を動かそうとすることで、私はそういう身体の動きを「トリガー(銃の引き金)」と呼んでいます。
セリフを言う前に「う」とか「あ」とか「ん」というという短い音が付属するのも「言葉のトリガー」である場合が多いと言えるでしょう。
 「表情」を含めて、身体が動くのも言葉が口をついて出てくるのも「心が動いた結果」なのだと理解しましょう。
posted by DNA計画 at 16:29| Comment(0) | 俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
心温まる大人向けのクリスマスメルヘンですクリスマスに贈る物語 パクさんのリアカー

お求めはAmazon(電子書籍)で〜

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。